やまねごはん@バークレー


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変化の波
3月中旬から、絶え間なくいろいろなことが起こり始めている。チャンスを逃さずに、心を決めて、流れにまかせて取り組もう.昨日は満月だったので、お願いごとを紙に書きつけて月の光を浴びせた。月と、無意識に力をかりながら、地にしっかりと足をつけて、心に耳を澄ませて、感謝を両の手に、進んでゆこう。世界は自分の鏡なのだから。

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ごはんをつくる

風邪の全快まであと一歩。どういうわけか、昼間の12時から午後3時くらいまで熱があがって起きていられなくなるのである。この2週間、大人はほとんど断食状態で、こどもたちが食べていたのは連日、炊いたごはんにごま塩、鉄火味噌...元気があればお味噌汁。昼は朝と一緒。夜はチャーハンとかおじやとかをでっちあげる日々。一足先に元気いっぱいになった息子Kは祖母T子さんがお昼に意気揚々と繰り出す近所のダイナー「ジミービーンズ」ににお供して、キッズコンボ(すなわちパンケーキ、ソーセージ、卵、フルーツの盛り合わせ)を狂喜して平らげているらしい。いつもならば「お肉や卵は週に1回!」と言うところだけれどこちらも「ダメ」という気力もなくて「まあいいか、好きなもの楽しんでたべといでー」と送り出す。

しかし、3日連続で「ジミービーンズ」となると、こちらもやはりどきどきしてくるので、今夜は2週間ぶりのきちんとした夕ご飯。もちきびいりのおかゆ、かぼちゃのポタージュ、春雨とわかめ、にんじん、コーン、玉ねぎの和え物、ちんげん菜の炒め。要領がわるいのか、こんな質素な献立ですら1時間半以上かかる。だから普段だったら、おかゆと青菜の炒め、とかになる。

帰国まで、あと2か月。大根、ねぎ、里芋、さつまいも、小松菜、春菊....日本のおいしい野菜との再会がたいそうたのしみなこの頃です。


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復活!

2週間も寝込んでいた、が胸のあたりのもやもやが急に晴れるきざしが見えてきた。ちょうど一昨年の11月にも同じような状態が、そのときは3週間も続いたことが思い出された。その時は母が一緒に住んでいてくれていて(今回も別件でたまたま来てくれていた!天の助け!)、だから生活はまわっていたけれど、熱は一向にさがらないし、自然療法もなにをやっても効いているようなそれほどでもないような....という感じだった。いつ治るともわからなく、先の見えない感じ。健康な感じってどんなだっただろう、ともう忘れてしまいそうになるほどの長期戦。終わってみての感想が、そのときとほとんど一緒なことにおどろく。「必要な過程を結局はたどることになる。手当はそれをサポートするだけ」。手当はやればやるだけ経験が蓄積されるのがいい。そして、大事なのはたたみかけるように内用、外用、できることをなるべく多くすること。たとえば、生姜湿布、生姜油のすり込み、第一大根湯を飲んで布団を40分間かぶって汗を出す、香蓮の葛練り、梅肉エキスをなめる...これだけやってもすぐ治るごは限らない(すぐ治ることもある)。身体には、身体の治癒のペースがあるから、それをまず尊重すること。やきもきせずに、「しょうがない」と思って休み続けることも大事。でも、これはやっぱり家事をサポートしてくれるひとがいてこそのこと...核家族の不安定さを改めて感じた日々であった。


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高木家とのごはん

朝は ごはんを5合半炊いて、おにぎりに。それから具だくさんのお味噌汁。

昼には 朝ののこりや、昨日の残り、そして気が向いたらサンドイッチ。

夜。マッシュルームとひよこ豆の豆乳クリームパスタ、菜の花とひじきのおちらし、我が家行きつけの南インドレストランのテイクアウト、そして今夜は高木家特製ラップサンド。

ラップサンドに包むもの、あれこれ
ディルポテトサラダ
マッシュルームのガーリックソテー
人参の細切り塩糀マリネ
トマト、アボカド、レタス、
玉葱とレタスの芯のみじん切りをライタ(インドのヨーグルトソース)で和えたもの。

クレープのような生地は粉と水、塩だけでつくる。しょうごさんは、ほか7人の「もっと!はやく!」の期待を背に、えんえんと焼き続ける。最後は生地に甘みとラムをすこししのばせ、アーモンドバターと杏のジャムでデザートに。祝祭的なおいしさ!


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高木家来訪

太平洋をこえて、葉山から高木家がやってきた。しょうごさんに、とうこさん、かんじろう6才、セツ2才、と家族の構成は我が家と同じ、年齢もほぼ一緒である。子連れの飛行機は相当に消耗するからきっとタクシーでやってくるだろうと思って待っていたら、飛行機が到着してから4時間たっても連絡がない(普通なら出国審査に1時間、空港から我が家へタクシーで40分)。おかしい、どこかで困っているはず、そしてこちらの電話番号や住所を控えてこなかったのだ、とおもってなすすべもなく家のそとに出ると、ちょうどタクシーから降りてくるところだった。
清潔な印象のアースカラーの衣服やかばん(革製作を営んでいる職人夫婦なのです)、ぼうしをを身にまとったかれらは風にのってやってきた旅人のように、あまりにさわやかだった。出国審査に相当な時間がかかって、その上空港からは電車で最寄り駅まで来てそこからタクシーにのったという。電話は日本からもってきたものが使えず、公衆電話もうまくつながらなかったとか。そんなふうに、疲れた様子をも見せずに言うので旅慣れているのかと思えば、そういうことでもないらしく、驚く。荷物もスーツケースひとつきりで、それもひらけば色々なひとから託されてきたおみやげの品々がスペースの4分の1ほどをを占めており、そのうえ布おむつも入っていたのだから、その荷物の少なさにふたたび、驚く。

手狭な我が家で総勢8人が生活することになる。快適さから遠く離れるという意味で私が「アパート内キャンプ生活」と表現したことを、言葉通りに受け取ったようで、2週間の滞在中、寝袋で寝るつもりだったらしい。布団はありますよ!と伝えると、「わーすごい!」と喜ぶふたりを見て、こちらのほうが、すごい!と思ってしまう。いずれにしてもこちらで寝袋を購入するつもりだったそうで(日本の半額くらいで質のよいのがあるから)、さっそく近所のアウトドア洋品店に出向く。お店の人にいろいろとアドバイスを受けて、これ、というのが選べたようで意気揚々と帰ってくる。

そういえば、と思い出す。
去年のちょうど今ごろ、葉山から別の友人夫婦がやってきて、彼らも同じ場所で同じ寝袋を、これまた同じように20%引きで買ったのだった。あれから1年がたったことを思うと、空間の軸がずれたような不思議な感覚に襲われた。この1年で、あまりに多くのことが起きたこと、変化したこと、そのスピードが早まったこと。一年を振り返って、自分たちに必要な経験を、必要なプロセスを経て進んでくることができた、とおもう。

桂を学校に送りがてら、とうこさんとパン屋にゆく。朝のつめたい空気と光の中、もくもくと歩きつつ、あれこれと話をする。また別の夜は「ふたりででたのしんでおいでよ!」と寛大なわが夫Y氏送り出されて、気に入りのレストランでワインなんかを飲みながら(とうこさんは当地の健康発酵飲料コンブチャ)、泣いたり笑ったりしながら話をする。この地では、どうもレストランでの滞在時間は短いのが常識なのか(1時間半くらいでみんな店を出てゆく)、お店の人が「まだいる!」という感じでときどきこちらに目をやり、食後の飲み物をがおわると待ってましたとばかり伝票を置くので、まだ話したりないね、でももうでようか。と外にでる。家にすぐついてしまうのがおしくて、バークレーのダウンタウンから家まであるこう、ということになる。1時間半ほどの道のりを、わざと遠回りして歩く。
歩きながらながら話すのがすきだ、とおもう。お酒を飲みながら、ごはんを一緒に食べながら話すことも。

家にもどると、こどもたちはすっかり寝静まっていて、一日サンフランシスコに行っていたしょうごさんが、おかえり、とドアを開けてくれる。彼のおもしろおかしいサンフランシスコ珍道中(!)を聞いて、そのあとも床に敷いた布にすわって、えんえんと話をする。あとさき考えずにふんだんに時間をつかって話すなんてひさしぶりだ、とおもう。そしてはかなさ(すぎてゆく、ということだと思う)のまじったこのかるい興奮と、生きてゆくことの確かさが組み合わさって生み出される感覚に身をひたして、幸福だ、とおもう。

高木家滞在、今日で4日目。


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1年が経って

3月11日から、1年が経った。少し前から、たくさんのひとが、それぞれの場所と方法で祈りと願いをささげる準備をしていることが、感じられた。「もうすぐ1年」を見据えながら、その日をどうやって過ごそう、そんな心の準備をしながら多くの人達が冬の時間をすごしてきたようにおもう。

1年前に起きたこと、そしていまなお起こり続けていることを考える濃度がどんどん高くなってゆき、そして当日は特別なことはせずに、ただ、1年前のことを思った。自分の心の動きを感じながら、祈るともなく、祈った。

注意深くいよう、と思う。それは「合図を見逃さないように」ということ。これからの世界に生きることから、不安や恐怖はぬぐいされないけれど、それにのみこまれて今を生きることから離れてしまわないように。自分ひとりの力のあまりのわずかさに、絶望しないように。

宇宙全体、地球全体、そして個人にとっても「意味のあること」が起きて、そこで何に気づき、何を学び、そしてどうやって進んでゆくか。そういうことなのだと思う。たくさんの人が犠牲になり、いまなお苦しみのさなかにいることの意味を、感じ取りたいと思う。

地球の一生を1年とするならば、ひと一人の一生は0.8秒だという。すこし長めのまばたき、あるいは星のまたたきくらいの長さ。ならばそのまたたく光の強さをどこまで広げることができるか、それが人の一生のめざすべきありようのように、思う。

複雑さを抱えながら、シンプルに生きたいとおもう。感謝と喜びの世界はもうすでにそこにあって、あとはその生き方を自分が選ぶかどうか、ということだけなのだから。自分の世界は、自分で作り出していること、思うような世界に生きることができること。

すでにある枠組みのなかに自分や他人やシステムを当てはめなくていい、というのは当然のことのようであって、体感するのは難しい感覚だと思う。「流れ」に沿うのは自然で安心なことだから、ぼんやりしていると「流れにそっているつもりもなく一緒に流れている」ということになる。それは行動も、生き方も、感じ方も、選択についても言いえる事。

正しさはない、ということ。これもまた当然なのだけれど、この感覚をしっくり馴染ませるには試行錯誤がある。人それぞれの選択と生き方を尊重すること、批判や攻撃から遠ざかることはとても大事だとおもう(検証や反省は大事)。対立せずに、比較せずに、自分のありようを見据えたいとおもう。

偶然は必然であることを感じて、流れを大切に。自分の役割を果たせますように。思うように生き、そしてどうか願い続けることをやめないで。

多くのひとにとって飛翔の年になることを願っています。








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きりたんぽ汁

目下我が家で流行中のきりたんぽのごぼう汁。きりたんぽ、ではないけれどイメージとしてはそんな感じである。のこりごはん300g、水100cc、粉スープスプーン山もり4杯、塩二つまみ、(あれば青のり)をボウルの中でよくまぜて30分ほど寝かせる。油を大目に入れたフライパンを良く熱しておく。手に水を付けながら小さめのハンバーグように形を整えて、両面にしっかりといい焼き色がつくまで焼く(重要)。汁は、ごぼうたっぷりをみじん切りにして多めの油で甘い香りになるまでじっくり炒める。昆布だし(なければ水)を加えて、味噌と醤油で味を調える。焼いたきりたんぽ風のそれをあたためた汁に入れる。生姜おろしや小ねぎをたっぷり添えて。ご飯種の焼いた焦げ目の部分の香りと食感が身上。なにもなくてのこりごはんとごぼうがあればできる、体がうんと温まる、郷土料理のおもむきのあるすいとん。雨(あるいは雪)の降る寒い日の夕ご飯にぴったりだとおもう。


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春はおちらし

雨期だというのに雨らしい雨も降らぬまま、春に突入した。花が咲き、こころもとない暖かさと焦点の定まらない匂いがただよう。この地でも三寒四温、という感じで寒くなったり、暖かくなったりでなかなか身体が追いつかない。

春になると無性におちらしがつくりたくなる。冬がおわってようやく冷めたご飯が体に馴染むのと、あの酢飯の酸味がいいのかもしれない。ちらしずし、とはいっても具を幾種類も別々に煮て、錦糸卵もつくって、と手の込んだことをするのはまれで、たいがいはかなり簡素になる。今夜は梅酢をまぶしただけの酢飯にひじきと大豆を濃いめに煮たのと、高野豆腐(甘酒で甘みをつける)だけの予定だったのだが、直前になってどうにもエネルギーに満ちた何かを加えたくなって、畑に出向いてい菜の花を摘む。冬じゅうお世話になった雪菜の緑が色あせて、葉も茎もぐんと伸びて花を咲かせる準備をしている。なるべく虫のついてないのを選んで摘み取って、よくよくあらって濃いめに塩を入れたお湯でゆでる。茹でている最中はなるべく菜箸でゆらすようにして虫や卵が離れるようにする。水にさらして不審な物体があらかたなくなるまで水を変える(完璧は望めない)。ざくざくと刻んで醤油を少したらしてゆるめにしぼる。味を見て、うすいようならもう一度同じ手順をふむ。こうすれば水っぽさが消えてちらしずしとなじみがよくなる。大皿におちらしを盛って、上に菜の花をたっぷりとのせる。この濃い黄緑の色彩とすがすがしい苦みが春には欠かせない。

おちらしのおともにはおすましと相場がきまっていて、ここのところ気に入っているのが細いめんの入ったおすまし。このときばかりは少しだけかつおぶしをつかって、味を調えただしに乾麺を半分に折ってそのまま投入する。稲庭うどんの上等があったから、今日はそれをつかったところ、そのなめらかなのどごしは他の追随を許さない。稲庭うどんは冷たくして食べるのが常のようだが、にゅうめんにするとおっとりとした品の良い表情を見せる。底力のある麺だと感心する。吸口は畑でとれた小ねぎをたっぷりときざんで。麺は多めに、ややくったりと煮て、おつゆというより麺主役で食べるのが好み。

そういえば、日本でもおひなさまの前になるとおちらしがつくりたくなってせっせとこしらえていたのをのを思い出した。いまだったら若い蕗もいいだろうし、酢飯にゆずをしぼるのもいい。もうすこしあとになったら木の芽も捨てがたい。

もうひとつ、おちらしは作るのも、食べるのも、お裾分けするのも大好きな食べ物だったことを思い出した。これらの記憶が蘇ったいま、毎春繰り返される「おちらし気分」の盛り上がりが鮮やかに勢いをもって感じられる。


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2月の旅人

ある日かかってきた電話。ハロウ、と出ると「あ...ほんとうにかかった....Mです」と電話のむこうに響く声。先日送った新年のご挨拶に電話番号が書かれているのをみて、そのとおりに電話のボタンをおしてみたという。ひさしぶりに声を聞いて、気持ちが高揚したから「もっと話したいからあそびにきて」と口走ってしまう。わたしがさそったからなのかどうかは分からない、ほどなくして彼女は飛行機にのってきてやってきた。スーツケースには本をつめて。どうしても読みたかった小澤征爾と村上春樹の対談集に歓喜の声をあげる。その他にも内田樹の「呪いの時代」、よしもとばななの「Q 健康って?」、 穂村弘の「にょにょっ記」など、これは玉手箱か。久しぶりに明け方まで話をしたり、ぱりっとした白いテーブルクロスの上にみがかれたグラスのおかれたレストランに行ったり(気がついたら満席だった店内はがらんどうで、時刻はちょうど日付が変わるところだった)、日常生活のただなかにありながらも、わたしまでもがはるか遠くへ旅したきたような3泊4日。

ひとりめの来訪者が空港に発って2時間後、妹のI子到着。電車に乗って最寄り駅まで来て、そこからはタクシーに乗ってきたという。空港につきました、と電話の一本もよこさずに最短時間でやってくるところは母T子にそっくりだ、とおもう。翌日は車を借りてセコイヤ杉の森に行き、空たかくそびえる木々の、地面近くはしめり気をおびた太古の気配に身をひたす。最近アロマテラピーをならっているというので、癒しに飢えている(!)Y氏と私はマッサージ、して、して!と熱烈にリクエストする。しかしながら、どうも彼女の体調がおもわしくない。ついには高熱を出し滞在期間のほとんどを布団の中で苦しみながらすごし、ふらふらの体で帰りの飛行機に乗り込む、というあまりに気の毒な休暇。しかしながら彼女のブログからは「けっこう楽しんだ」感がただよっていて、ほっとする。

I子が帰国後ほどなくして大学時代の友人Y君がやってくる。おみやげはなにがいい?と聞かれて「干し柿か干しいも」をリクエストしたところ、趣向をこらされた幾種類ものそれらがぞくぞくとかばんから出てくる。「いますぐたべる!」と息子K。ごはんをつくって、とお願いしたところ、丁寧な包丁使いで数時間かけてできあがった、ソパ・デ・アホ(スペインのにんにくとパンのスープ)をみんなで口々に「おいしいね!」と言いながらすする。非日常の夕食。玉葱とにんにくの香りも、スープをたっぷりすったパンも、スープにおとした卵も、なにやらひどく特別な感じがする。案内するともなく、用事をすませがてら徒歩圏内の近所をまわる。食料品店、ドラッグストア、アウトドア用品店、ドーナッツ屋、それからりんご印の電話のお店。彼は中国のお茶の上等を持っていたから、「飲ませて」とせがんで、午前中からお茶に酔う。酔いながら、お茶の味の輪郭、とか甘露、とか印象中心の会話をした気がするけれど、どんな話をしたのか、記憶はおぼろげである。

旅人たちが去っていくと、もう2月も半ば。高揚した気分のかわりに、日常が戻ってくると、彼らと過ごした時間が遠い昔のように思えてくる。どの客人にもこれといったもてなしをせず、むしろ子供の相手をしてもらったり、マッサージ、料理、棚と引き出しの整理整頓、となんだかこうやっていただくばかりで、申し訳ない気持ちがわいてくるのだけれど、ただ海を越えてやって来てくれたこと、幸福な記憶を残していってくれたことに感謝するばかりなのであった。



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甘酒

縁あって、ここ1週間麹生活がヒートアップしている。塩麹を仕込んでから数日後、今度はひみつの発酵飲料を仕込む。そして今日は温度管理が課題の甘酒に挑戦。
甘酒は60℃で10時間の保温がベスト。(50−60℃でOK。それより高いと麹菌が死んでしまう、低いと発酵がすすまない)日本で作っていた時は、厚手の鍋の上に湯たんぽをのせて(お湯は時々変える)、我が家の押入れ奥底に眠っていた「ベリー暖ケット」という、尻込みするような名前の昼寝用の電気敷布団(?)をまきつけて、それをさらに羽毛布団で包んで保温していた。調べてみると炊飯器の蓋をあけて保温する方法が主流なようで、そのほかにはオーブンの低温や電気あんかなどの手段もあるのだがいずれも我が家にはなく、熱めのお風呂に鍋を浮かべてみたり(きちんと浮かばず中身がこぼれそうでひやひやする)、分解してあった机のパーツを載せて蓋にしてみたり(大きさが足りない)、もともとザワークラウトの容器だった大きいバケツ(ホットドック屋でもらった)にお湯を入れてその中に密閉瓶にいれた「甘酒のもと」を浮かべて重いお皿をのせて浮かばないようにして、それをさらにお風呂につけて、お湯はお鍋で沸かしなおしてまたお風呂に入れて...と四苦八苦したが、温度は下がる一方でまったくもってらちがあかない。そもそも指で温度を確認しすぎて(日本から2本持ってきた温度計が壊れた)、もう雑菌だらけかも....とほとんどあきらめかけたときに思いついたのが、そうか、酵母を入れてしまえば「ひみつの発酵飲料」(思わせぶりな表記でごめんなさい、当地では酒造法違反にはならないのですが念のため)になるのだ!と天然酵母ドライイーストを振り入れてひと安心。ほっと一息つきながらも甘酒製造を諦めきれず、なんとか方法がないものか...と調べ続けると、あった!我が家の設備で甘酒をつくる方法を発見!それは「保温ポット」。60℃キープは難しいけれど、8時間後に50度くらいを保っていれば大丈夫なはず。そもそも40度を下回らなければゆるやかにだけれども発酵は進む。夜の9時に仕込んで翌朝6時にはほぼできあがる計算。夜中の3時に目が覚めて味を見たら「甘酒になってる!」
以下、おぼえ書き。

材料:米1カップ 水5カップ 塩ひとつまみ 麹200g

1.米は良く洗って水に20分以上浸水させる。麹は冷蔵庫から出して室温にしておく。
2.保温ポット(我が家はThermos の1.5l)に沸騰したお湯を入れて温めておく。
3.鍋に塩を加え火にかけ、おかゆを作る(沸騰したら15分、むらし10分)。
4.おかゆの温度を70℃まで下げる。目安は指を3秒入れていられるくらい。
5.麹を手早く混ぜて、空にした保温ポットに手早く入れる(温度が下がらないように!)
6.保温ポットをひざ掛けやバスタオルなどで巻く
7.そのまま10時間待つ。
8.味を見て、甘ければ成功!

本当は10時間の発酵の後、もう一度65℃まで温度を上げて2−3時間保温するとより甘みが増すようだが、ポットに入れたり出したりは結構な手間なのとそもそも温度管理のリスクを減らしたいので、10時間たって甘くなってればよし、ということにする。発酵を止めるための「火入れ」も1週間で飲みきれば不要のような気がする(むしろ麹菌を生かしておきたい)。
温度を手ではかる場合のめやす。40度はお風呂、50度はかなり熱いけれど手をつけていられる。60℃は10秒間手をつけていられる。80℃以上になるとさわれない。

この甘酒、じつはY氏がはじめた断食に必要不可欠...。飲む点滴とよばれるほどにいろいろ良いものがつまっているようです。




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